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東北電力 第41回 中学生作文コンクール 優秀賞 受賞

東北電力 第41回 中学生作文コンクール において、3年 伊藤崚透さんの作品「伝えていく」が、優秀賞を受賞しました。12月2日には、ホテルモントレ仙台で、表彰式が行われ、宮城県審査で最高賞となった伊藤崚透さんは、表彰式会場で、受賞作品を情感たっぷりに朗読しました。受賞作品は、こちらです。

  

「伝えていく」  宮城県古川黎明中学校  三年 伊藤崚透

 ダガダガ、チャンチャン、ダカダカ、チャンチャン。太鼓と鐘が鳴る。上手く踊れるかな。僕は、また不安になる。
 幼い頃から、僕は、「神楽」をやっている。「神楽」というのは、太鼓と鐘のリズムにのって、扇子とお幣束を持った人が踊るという、伝統芸能だ。僕の住む地域に伝わっているのは、「城生野神楽」というものだ。僕の通っていた小学校でも、全校生徒で、「鶏舞」という演目に取り組み、月二回、地域の保存会の方に教えてもらっていた。その保存会の中心となっているのが、僕の家族だ。だから、僕は、学校での活動の他にも、保存会の練習に参加し、神楽を習っている。
 僕が、本格的に、神楽を人前で踊るようになったのは、小学三年生の時だ。じいちゃんから、手取り足取り細かく教えてもらいながら踊り方を覚え、新築祝い、結婚式など、色々なところで、踊るようになった。じいちゃんは、練習や本番の前、くちぐせのように、「大ぎく踊れ。」と言う。
 しかし、学年が上がるにつれ、僕は、神楽を楽しめなくなっていった。本番では、失敗することが怖くなった。鐘の練習もするようになると、上手くリズムが取れなかったり、母に注意されたりして、いらいらするようにもなった。神楽の練習がある度に、僕は「怒られるし、疲れるし、もう面倒くさい。」と思うようになっていった。
 神楽に対して、中途半端な気持ちのまま、僕は、中学生になった。そんなある日、東日本大震災からの復興祈願の神楽を頼まれ、僕は、志津川へと向かった。公演は、夜に行われた。本番前、じいちゃんは、「大ぎく踊れよ。」と僕に声をかける。でも、じいちゃんの、その言葉は、僕の心には届かず、間違えずに終わることだけを気にしながら、僕は踊った。
 踊りの出番の後、僕は鐘を担当した。何演目めだったろう。あまり得意ではない鐘を打ちながら、何気なく、観客席に目を向けた時だった。そこには、真剣に見ている人、とても楽しそうに笑う人、涙を流している人など、どの人の顔にも感動の表情があったのだ。その人々が見つめていたのは、じいちゃんの踊りだった。演技が終わった後の盛大な拍手の中で、僕は、じいちゃんの凄さと、神楽のもつ力の素晴らしさを肌で感じていた。そして、「大ぎくおどれ。」という,じいちゃんの言葉の意味が、この時、ようやく分かった。
 神楽は、もともと神さまのために踊るものであり、見せるための踊りだ。だから、見ている人によく見えるよう大きく踊らなければならない。しかし、じいちゃんの「大ぎく」は、それだけではない。見ている人を楽しませるように、心を込めて大きく踊れ。そういう意味があったことに僕は気がついたのだ。
 それからの僕は、心を入れ替えた。練習でも本番でも、間違いを気にすることよりも、見ている人を楽しませることを一番に考え、今までより、大きく踊り、鐘を打つようになった。そして、僕の心は、練習を始めた頃の純粋に神楽を楽しむ自分に変わっていった。
 今年の三月、卒業した小学校の閉校式での神楽にも、いっそう心を込めて臨んだ。長い間、神楽を伝えてきた場所が無くなってしまうことは悲しかったけれど、こんな時だからこそ、地域の人達を元気づけようと思ったのだ。当日、踊ることはできなかったが、僕は、鐘を打ち、踊りを全力で支えた。神楽が終わった時、観客席にいる地域の人々の顔を見ながら、「神楽を続けていて良かった、この地域に生まれて良かった。」と僕は思った。
 僕の地域に伝わる神楽のように、日本には、それぞれの地域に伝わる芸能が、たくさんあり、地域の人々の気持ちをつなぐ大切なものだった。しかし、現在、過疎化や少子化が進み、後継者不足のため、途絶えてしまったもの、衰退の一途をたどっているものが少なくない。それは、地域のつながりまでもが、なくなってしまうようで、とても寂しい。
 けれど、寂しがっているだけでは、何も変わらない。伝統を守っていくためには、新しいことに挑戦することも必要だ。そう考えた僕は、行動を起こそうと決めた。まず、今、通っている学校の文化祭で、神楽を踊った。中学と高校合わせて、約千人の生徒がいるため、自分と同じ若い世代の多くの人々に神楽を知ってもらうチャンスだと思ったからだ。さらに、世界の人々にも、神楽を知ってもらおうと考えた。その一歩として、来年の三月、学校の語学研修で訪れるオーストラリアで、神楽を紹介するための準備を、今している。 中学生の僕にできることは少ないかもしれない。けれど、僕は僕なりにできることを続け、神楽を守り、伝えていく。そして、いつか、じいちゃんに追いついてみせる。「大ぎい」神楽を、多くの人に届け続けるために。