Topics

topics

「NPO法人おりざの家」へ支援米を届けました(田畑委員)

 農業指導員である佐々木さんの指導の下,中学2年生が収穫したお米を,1月12日(金)に,仙台市の長町にある「NPO法人おりざの家」へ支援米として届けてきました。おりざの家の代表者である佐藤さんに支援米を渡した後,佐藤さんのお計らいで,利用者さんと一緒に夕飯をいただきました。
 「NPO法人おりざの家」は,一人で夕食を食べる環境にある子どもや高齢者等を対象に,みんなで食卓を囲むことを通じて健全な心と身体の育成を支援する活動団体です。

  

  

黎明土曜塾(理科)特別講演会

 12月16日(土)本校大講義室を会場に,講師に大崎生涯学習センター遊佐徹様をお招きし「新しい星を見つけた!~新天体発見に魅せられて~」という演題で黎明土曜塾(理科)特別講演会を行いました。
 当日は230名を越える生徒が集まる中,大変興味深いプロローグから始まり,天文学の基礎,新天体発見の方法やその確認観測,超新星ハンター,ご自身の幼少期からこれまでの天体観測の取り組みを紹介頂きました。
 五円玉を用いた天体の大きさ比べや,実際に撮影した画像を用いた新星発見の疑似体験などの活動を取り入れて頂き,3時間に及ぶ講演も生徒は全く飽きることなく熱心に聞き入っていました。
 講演の合間には,大崎生涯学習センターの天文ボランティアとして活動している本校自然科学部の生徒自身による彗星の測光観測結果に関する発表もあり,集まった生徒達はみな宇宙について楽しく学ぶことができました。

  

  

  

「プラネタリウムによる理科授業」

 本校中学3年生を対象に,11月14日(火)に,パレットおおさきさ(大崎生涯学習センター)にて,プラネタリウムによる理科の授業を行いました。2017年4月29日(土)リニューアルオープンした東北初となる1億個の星々が織りなすケイロンIII(光学)と,4Kプロジェクター2台(デジタル)によるハイブリッド型プラネタリウムにより,臨場感あふれる星空や宇宙が再現されました。パレットおおさき様には45分×2回の計90分の授業へ向けて,度重なる打合せや,本校校庭の地上風景の編集などの準備に全面的にご協力頂きました。ありがとうございました。

  

  

仙台うみの杜水族館講演会

 12月17日(土)に黎明土曜塾として仙台うみの杜水族館の職員を招き「海の生き物の不思議~水族館のお仕事~」と題して講演会を行いました。
 クラゲの生態や受精のメカニズム,水族館の仕事,飼育されている動物について実際に標本を観察しながら学ぶことができました。質疑応答では,海の生物に関する専門的な質問や水族館についてたくさんの質問がなされ,大変盛り上がりました。

  

東北電力出前講座

 3月14日(月)に,東北電力出前講座があり,電力に関する講話を聞いた後,発電に関する実験を行いました。

  

    

  

読書感想画中央コンクール

 第27回読書感想画 中央コンクール 中学生部門で,3年生の山内佑恵さんの作品が最高賞の「文部科学大臣賞」に輝きました。
 2月26日に東京で開催された表彰式では,本人に加えて学校賞も授与され,副賞としてゴッホの絵画のレプリカをいただくことになりました。

図書館前の多目的室に展示しています。

黎明土曜塾スペシャル講義「性転換はなぜ進化した?~驚くべきエビの戦略とは」

12月19日(土)に,東京農業大学 生物産業学部 アクアバイオ学科 教授 千葉晋先生をお招きし,黎明土曜塾スペシャル講義「性転換はなぜ進化した?~驚くべきエビの戦略とは」を行いました。
 生物の進化とは何か,進歩と進化の違いについて,性転換と進化の関係,性転換への漁業の影響など,中学生にはやや高度なテーマを,ていねいにわかりやすくお話しいただきました。
 また,ホッカイシマエビをつかって,エビの体長と卵の数の関係を実習のデータから導きました。

  

  

  

「科学縁日」(仙台市科学館)

中学自然科学部の生徒が仙台市科学館でイベント「科学縁日」を行いました。

12月12日(日)に仙台市科学館を会場に「科学縁日」と題してイベントを実施しました。定番の液体窒素の実験や,手作りスライム,4次元デジタル地球儀「ダジックアース」,絶滅危惧魚類のポスター展示を行いました。当日は200人を超えるお客さんが来場し,大変にぎわいました。

  

  

第35回全国中学生人権作文コンテスト 法務省人権擁護局長賞 受賞

第35回全国中学生人権作文コンテストにおいて、3年 梶原里恩さんの作品「ホームの彼女」が、宮城県大会の最優秀賞に輝き、中央審査に進み、見事、法務省人権擁護局長賞に選ばれました。12月4日には、仙台福祉プラザで表彰式が行われ、梶原さんは、受賞作品を堂々と発表しました。受賞作品は、こちらです。

  

「ホームの彼女」  宮城県古川黎明中学校  三年 梶原里恩

 青葉茂る、五月の日曜の夕方だった。友人と仙台に遊びに出かけた私は、駅のホームで帰りの電車を待っていた。ホームには、私と同じ年ぐらいの若者達、子どもづれの家族、和服を着た品のよいお年寄りなど、家路を急ぐ人々で混雑していた。
 その雑踏の中に、私は、ひときわ目立つ一人の女性を見つけた。背が高い、黒い肌をした外国の方だった。彼女は、電車の発着時刻を示す電光掲示版と、行き交う人々を交互に見ながら右往左往していた。遠目に見ても、困惑のシグナルを発しているのは明らかだった。しかし、行き交う人々の中で、彼女のことを気にかける人はいない。よく見ると、話しかけられないように、顔を背けて彼女のそばを通り過ぎる人や、彼女を避けてわざと大回りする人までいた。その光景に、胸がチクッとしたが、彼女に声をかける勇気がなかった私は、待っていた電車が到着したのを口実にして、電車に乗り込んだ。
 電車の出発までは、まだ時間があった。声をかけられないことに後ろめたさを感じていた私は、ホームの彼女を見つめていた。すると、彼女の横を通り過ぎた人に、彼女が話しかけた直後だった。彼女の眉間のしわがより一層深くなり、困惑にゆがんだ表情になった。すかさず、隣にいた友人が、「あの外国の人、話しかけた男の人に無視されちゃったね。」と言った。その言葉を聞いた時、胸の奥底にしまっておいた嫌な記憶が蘇ってきた。
昨年の秋、私は、町が主催する国際交流事業に参加し、アメリカに渡った。初めての海外での生活は、見るもの全てが新鮮で毎日が充実していた。しかし、アメリカでの生活にも慣れ始めた頃、その出来事は起きた。
 夕食を買おうと、ファストフード店に行った。店は混雑していて、長い注文の列に私は一人で並んだ。前も後ろもアメリカの人々に挟まれ、ちょっと緊張しながら、順番を待った。ようやく私の順番になり、注文を伝えようとした時、店員の表情が、それまでの笑顔から不機嫌なものに変わった。その変化に戸惑いながらも、私は英語で注文を伝えた。すると、その店員は、わざと大きな声で何度も注文を繰り返して聞いてくる。何とか注文できたものの、注文した食べ物は、その店員によって、私の前に放り投げられたのだ。
 その態度は、間違いなく、アメリカ人ではない私を差別し、馬鹿にしたものだった。私は、悲しさと悔しさで、その場から動けなくなった。さらに、私の心をさらに深く深くえぐったことがあった。それは、周囲の人々の反応だった。注文の列には、たくさんの人がいたのに、店員の態度を注意する人も、私に声をかけてくれる人も、誰一人としていなかったのだ。それは、まるで、私という人間が、その場にいないかのような冷たい反応だった。
 その出来事を思い出した私は、友達を残して、すぐに電車を降り、彼女のもとに向かった。彼女がどんな思いでいるのか、私には痛いほどよくわかったからだ。
 彼女の側に行った私は、拙い英語で、「お困りですか。」と話しかけた。すると、彼女の顔がぱっと明るくなり、どの電車に乗れば、目的の場所に行けるのか分からず困っていたことを話してくれた。私は、単語をつなぎ合わせ、どの電車に乗ればよいかを彼女に伝えた。彼女は、安心した顔になり、日本語で、「ありがとう」と言ってくれた。その言葉は、たどたどしかったが、私の心を温かいぬくもりでいっぱいにした。そのぬくもりは、アメリカでの、あの嫌な冷たい記憶を忘れさせてくれるものだった。勇気を出し、彼女に声をかけて本当によかった、と私は思った。
 私達は、周囲に困っている人がいても、何も見えないふり、聞こえないふりをしてしまうことがある。その態度は、誰にも迷惑をかけていないように見える。けれども、その無関心な態度が、人の心をよりいっそう深くえぐることを、二つの経験から私は思い知った。
 しかし、それは、差別に限ったことではない。私達中学生の間のいじめから、国同士の争いごとまで、同じ事が言えるのではないだろうか。無関心を装う態度が、いじめ、差別、争いごとを、より悪化させ、自ら生命を絶ったり、他人の生命を奪ったりする、悲惨な結果につながることを、私達は知らなければならないのではないだろうか。
 そして、そういう悲惨なことが、これ以上起きる前に、無関心でいることを、私達は、やめなければならない。困っていたり、助けを求めている人がいたら、自分から声をかけ、手を貸すことを忘れてはならない。それが、いじめ、差別、紛争を、この世界から無くす大きな力に変わっていくと私は信じたい。
 ホームの彼女と出会って以来、私は、無関心にならないよう気をつけて生活している。正直、くじけそうな時もある。そんな時は、心の中でこう繰り返し、前へと踏み出す。
 「無関心なままでは、何も変わらない。」と。

東北電力 第41回 中学生作文コンクール 優秀賞 受賞

東北電力 第41回 中学生作文コンクール において、3年 伊藤崚透さんの作品「伝えていく」が、優秀賞を受賞しました。12月2日には、ホテルモントレ仙台で、表彰式が行われ、宮城県審査で最高賞となった伊藤崚透さんは、表彰式会場で、受賞作品を情感たっぷりに朗読しました。受賞作品は、こちらです。

  

「伝えていく」  宮城県古川黎明中学校  三年 伊藤崚透

 ダガダガ、チャンチャン、ダカダカ、チャンチャン。太鼓と鐘が鳴る。上手く踊れるかな。僕は、また不安になる。
 幼い頃から、僕は、「神楽」をやっている。「神楽」というのは、太鼓と鐘のリズムにのって、扇子とお幣束を持った人が踊るという、伝統芸能だ。僕の住む地域に伝わっているのは、「城生野神楽」というものだ。僕の通っていた小学校でも、全校生徒で、「鶏舞」という演目に取り組み、月二回、地域の保存会の方に教えてもらっていた。その保存会の中心となっているのが、僕の家族だ。だから、僕は、学校での活動の他にも、保存会の練習に参加し、神楽を習っている。
 僕が、本格的に、神楽を人前で踊るようになったのは、小学三年生の時だ。じいちゃんから、手取り足取り細かく教えてもらいながら踊り方を覚え、新築祝い、結婚式など、色々なところで、踊るようになった。じいちゃんは、練習や本番の前、くちぐせのように、「大ぎく踊れ。」と言う。
 しかし、学年が上がるにつれ、僕は、神楽を楽しめなくなっていった。本番では、失敗することが怖くなった。鐘の練習もするようになると、上手くリズムが取れなかったり、母に注意されたりして、いらいらするようにもなった。神楽の練習がある度に、僕は「怒られるし、疲れるし、もう面倒くさい。」と思うようになっていった。
 神楽に対して、中途半端な気持ちのまま、僕は、中学生になった。そんなある日、東日本大震災からの復興祈願の神楽を頼まれ、僕は、志津川へと向かった。公演は、夜に行われた。本番前、じいちゃんは、「大ぎく踊れよ。」と僕に声をかける。でも、じいちゃんの、その言葉は、僕の心には届かず、間違えずに終わることだけを気にしながら、僕は踊った。
 踊りの出番の後、僕は鐘を担当した。何演目めだったろう。あまり得意ではない鐘を打ちながら、何気なく、観客席に目を向けた時だった。そこには、真剣に見ている人、とても楽しそうに笑う人、涙を流している人など、どの人の顔にも感動の表情があったのだ。その人々が見つめていたのは、じいちゃんの踊りだった。演技が終わった後の盛大な拍手の中で、僕は、じいちゃんの凄さと、神楽のもつ力の素晴らしさを肌で感じていた。そして、「大ぎくおどれ。」という,じいちゃんの言葉の意味が、この時、ようやく分かった。
 神楽は、もともと神さまのために踊るものであり、見せるための踊りだ。だから、見ている人によく見えるよう大きく踊らなければならない。しかし、じいちゃんの「大ぎく」は、それだけではない。見ている人を楽しませるように、心を込めて大きく踊れ。そういう意味があったことに僕は気がついたのだ。
 それからの僕は、心を入れ替えた。練習でも本番でも、間違いを気にすることよりも、見ている人を楽しませることを一番に考え、今までより、大きく踊り、鐘を打つようになった。そして、僕の心は、練習を始めた頃の純粋に神楽を楽しむ自分に変わっていった。
 今年の三月、卒業した小学校の閉校式での神楽にも、いっそう心を込めて臨んだ。長い間、神楽を伝えてきた場所が無くなってしまうことは悲しかったけれど、こんな時だからこそ、地域の人達を元気づけようと思ったのだ。当日、踊ることはできなかったが、僕は、鐘を打ち、踊りを全力で支えた。神楽が終わった時、観客席にいる地域の人々の顔を見ながら、「神楽を続けていて良かった、この地域に生まれて良かった。」と僕は思った。
 僕の地域に伝わる神楽のように、日本には、それぞれの地域に伝わる芸能が、たくさんあり、地域の人々の気持ちをつなぐ大切なものだった。しかし、現在、過疎化や少子化が進み、後継者不足のため、途絶えてしまったもの、衰退の一途をたどっているものが少なくない。それは、地域のつながりまでもが、なくなってしまうようで、とても寂しい。
 けれど、寂しがっているだけでは、何も変わらない。伝統を守っていくためには、新しいことに挑戦することも必要だ。そう考えた僕は、行動を起こそうと決めた。まず、今、通っている学校の文化祭で、神楽を踊った。中学と高校合わせて、約千人の生徒がいるため、自分と同じ若い世代の多くの人々に神楽を知ってもらうチャンスだと思ったからだ。さらに、世界の人々にも、神楽を知ってもらおうと考えた。その一歩として、来年の三月、学校の語学研修で訪れるオーストラリアで、神楽を紹介するための準備を、今している。 中学生の僕にできることは少ないかもしれない。けれど、僕は僕なりにできることを続け、神楽を守り、伝えていく。そして、いつか、じいちゃんに追いついてみせる。「大ぎい」神楽を、多くの人に届け続けるために。