校長室から皆様へ

令和3年度古川黎明中学校入学式 式辞

 例年より速い足取りで歩みもを進めてきた桜前線も、ここ大崎の地に到着し、さわやかな春の風がそよぐ今日の佳き日、令和3年度宮城県古川黎明中学校入学式を挙行できますことは、すべての教職員にとってこの上ない喜びであります。本来であれば、たくさんの来賓の方々をお呼びし、盛大に入学をお祝いするべきところですが、今般の状況を鑑み、このような入学式にせざるを得ませんこと、校長として残念であると同時に、大変申し訳なく思っております。

 さて、ただいま中学校105名の呼名を行いました。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんの入学を心から歓迎します。今日の佳き日を迎えることができたのは、皆さんの努力はもちろんですが、皆さんを支え励ましてくださった方々がいたからです。自分自身の頑張りを褒めると共に、感謝の気持ちを忘れずにいてください。

 本校は、大正9年に古川高等女学校として開校しました。昭和23年に宮城県古川女子高等学校となり、大崎地区の教育の拠点として各方面で活躍する優秀な人材を世に送ってきました。その後、平成17年4月より男女共学となり、県内初の併設型中高一貫教育校である「古川黎明中学校・高等学校」が誕生しました。昨年度、100周年記念式典を行い、今年度からは、次の100年に向けて、新たなスタートを切っています。

 それでは、中学校生活の出発に当たり、新入生の皆さんに大切なことを大きく2つ話します。
 まず、1つ目は、「目標を高く持ち、何に対しても誠実に、ひたむきに、努力を続けてほしい」ということです。このことを、黎明中学校では、「尚志(しょうし)」「至誠(しせい)」「精励(せいれい)」という3つの校訓として大切にしています。夢や希望を実現するには、日々の努力の積み重ねが必要です。これからの中学校生活の中で、困ってしまうことやつまづくこともあるでしょう。それでも、決して目標を諦めることなく、自分自身を信じ、力強く乗り越えていってほしいと思います。また、本校は、令和元年度より、「スーパーサイエンスハイスクール2期目」の指定を受け、中学校でも「自分を見つめる、自分を広げる、自分を深める」ことを目指し、探究活動を行っています。様々な活動をつうじて、豊かな創造性を磨き、3年後の卒業の日には、ここにいる全員で、「黎明中学校に入って良かった」と思えるような3年間にして下さい。

 2つ目は、「自分の優しい思いを形にして表現してほしい」ということです。もしかすると、はっきりした記憶は無いかも知れませんが、今から10年前に「東日本大震災」という大きな地震があり、たくさんの人が犠牲になりました。その際、ACジャパンのCMで宮澤章二さんの『行為の意味』という詩の一節が盛んに流れていました。一部分を紹介します。
「<こころ>はだれにも見えないけれど <こころづかい>は見えるのだ <思い>は見えないけれど <思いやり>はだれにでも見える」
今、ここには、様々な地域の様々な小学校から105名の仲間が集まっています。一人一人の顔が違うように、性格や考え方も違います。人は、ややもすると自分と違う者を排除し、自分の考えを強引に押しとおそうとしたくなります。場合によっては、それが大きなトラブルになることもあります。皆さんの中には、優しい心や思いがたくさん詰まっています。是非、その優しい心や思いを形にして表現して下さい。そして、自分と違う他の人の存在を認め、その人を黎明中学校の仲間として尊重し、力を合わせて日々の生活を送ってください。とにかく,焦らず,分からないことは先生や上級生に聞いて,黎明中学校に慣れてください。

 保護者の皆様に申し上げます。改めまして、お子様のご入学、誠におめでとうございます。元気に入学式を迎えた姿を見て、感無量のことと思います。大切なお子様を今日からお預かりすることになりますが、教育には、何と言っても御家庭の協力が一番大切だと考えております。我が子はもちろんですが、新たなスターを切るすべての新入生を我が子と同じと思い、どうか御支援・御協力くださいますようお願い申し上げます。

 以上、はなはだ簡単ではございますが式辞といたします。

    令和3年4月8日

             宮城県古川黎明中学校・高等学校  校長 佐藤浩之

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第10回ー

    生徒の皆さんは宮城県美術館に足を運んだことがありますか。いま老朽化が問題となって移転問題が議論されているのを知っていますか。そして宮城県美術館が,日本でも名のあるコレクションを有していることを知っていますか。
 その名を「洲之内(すのうち)コレクション」といいます。作家の洲之内徹(とおる)が個人で収集した美術品で,油彩画,水彩,素描,版画や彫刻など全部で146点だそうですが,本人が亡くなった後,散逸の危機もあったそうなのですが,周囲の努力の結果、宮城県美術館にそっくりそのまま収蔵されました。
 洲之内コレクションが評価されているのは,洲之内独自の直感で「買えなければ盗んでも自分のものにしたくなる絵」を収集し,それによって再評価された画家たちが多くいたことです。個人のコレクションが一括して美術館に収蔵されることも稀なのだそうです。また,洲之内は『芸術新潮』という有名な美術雑誌に,「きまぐれ美術館」を連載し,コレクション作家の魅力について発信し続けました。

洲之内 徹『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』求龍堂

                          
 今回,皆さんに紹介するこの本は,実際の絵を見ながら洲之内のが連載した文章を読むというスタイルになっており,洲之内本人の審美眼,そして彼の直感を感じることができます。洲之内コレクションを収蔵した宮城県美術館では,人気の高い作品を中心に常設展示をしています。私が好きな作品は,全体が青色で覆われ,美しい女性が頭に魚を載せた海老原喜之助の「ポアソニエール」という作品です。もしかすると皆さんの中には「あ~これ見たことある!」という猫の絵を見つける人がいるかもしれません。長谷川潾二郎の「猫」です。床が赤で,画面いっぱいに猫が寝ている絵ですが,特徴はひげが片方しか描かれていない点です。以下は「猫」に添えられた洲之内の文章です。魅力的なエピソード。見てみたくなりますよね。

 「猫」の絵だけは,6年前に完成していた。完成していると思ったので,私は譲ってくださいと頼んだ。すると長谷川さんは,まだ髭がかいていないからお渡しできませんと言った。言われてよく見ると,なるほど髭がない。「ではちょっと髭をかいてください」と私は重ねて頼んだ。すると長谷川さんはまたかぶりを横に振って,猫が大人しく坐っていてくれないと描けない,それに猫は球のように丸くなるし,夏はだらりと長く伸びてしまって,こういう格好で寝るのは年に2回,春と秋だけで,それまで待ってくれと,いうのであった。

 続きを含めて,是非手にとって読んで見て,そして県美術館に足を運んでみてください。

                        令和2年7月7日
                         校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第9回ー

 「挑戦する読書」第9回は,まさに皆さんに挑戦して欲しい本,樋口一葉の「大つごもり」です。一葉といえば5,000円札の肖像で有名ですが,実際に作品を手にした人は少ないのではないでしょうか。その理由は,作品としては短編が多いのですが,何と言っても文体がほとんど古典といってもいいくらい難解になってしまっているからだと思います。明治時代に書かれた小説ですので,会話の部分は皆さんがいま読んでも内容を理解できるのですが,地の文は文語体です。作品に出てくる言葉やもの自体も,解説を読まないとぴんとこないことが予想されます。
 ではなぜ皆さんに紹介するのかというと,作品自体に魅力があるんです!一葉の作品は恋愛ものが多く,かつ悲しい話なのですが,読み終わって心にじーんとくるものばかり。
私は樋口一葉の作品が大好きで,東京の樋口一葉記念館には何度も足を運んでいます。今回皆さんに紹介するのは「現代語訳」です。この本は現代語訳が大胆すぎるきらいはありますが,ストーリーを頭に入れてから原文にあたってもらえればと思います。実は一葉の作品は音読するととっても調子がいいんです。何度も声に出すと,原文のリズムが心地よくなってきます。おすすめです。

  現代語訳 樋口一葉 『大つごもり』 河出書房新社(島田雅彦:訳)

 「大つごもり」のあらすじです。主人公は「お峰(おみね)」。女中として働いています。奉公先はお金持ちなのですが,その息子の石之助がお金を湯水のように遊びに使う放蕩(ほうとう)息子です。あるときお峰は唯一の血縁である伯父(お峰は両親を早くに亡くしています)が病で倒れます。お峰は,何とか休みをもらって伯父のところへ戻ります。すると伯父は,借金の利子を年内に払わないと暮らしていけないから,奉公先から「2円」を借りてもらえないかとお峰にお願いします。
 奉公先の奥さんは大変厳しい人で,借金を申し出てからずっと知らんぷり。お峰が話を切り出しても素知らぬ顔です。そんな時に伯父の8つになる息子がお峰のところにお金をとりに来てしまいます。お峰は自分はどうなってもいいと,引き出しから2円を引き抜いて渡してしまうのです。
 ここからラストシーンまでは内緒です。でもキーマンは放蕩息子の石之助です。
 タイトルの「大つごもり」の意味は大晦日(おおみそか)です。

                        令和2年6月29日
                         校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第8回ー

 「挑戦する読書」も第8回となりました。学校休業が長引き,生徒の皆さんがこの時期だからこそじっくり時間をかけ取り組んで欲しい本を紹介しようと思い立って,この連載を始めました。「挑戦する」というタイトルは,簡単にすらすらと読める本ではなく,黎明中学校・黎明高等学校に入学したのだから,難しくても手にとって欲しい,読破して欲しいという意味を込めました。

 昨年,読書週間を前に,全校集会で岩波文庫全7巻,アレクサンドル・デュマの「モンテクリスト伯」を紹介しました。エドモン・ダンテスが無実の罪で長い年月投獄され,脱獄してお金持ちになり,モンテクリスト伯爵を名乗って自分を陥れた人々に復讐する物語です。私は「ニュースステーション」でキャスターを務めていた久米宏さんが,この作品を紹介され,夢中で7冊を読破した話に触発されました。読み始めるとどんどん作品世界に引き込まれていきます。読んでいない生徒の皆さんには是非この機会に手にとって欲しい作品です。

 A・デュマ「モンテクリスト伯」第1巻~第7巻 岩波文庫

 さてここからが今回の作品紹介です。みなさんはこれまで本を読みなさいと,様々な機会にお話しされてきたことと思います。なぜ本を読まなくてはならないのか!本を読むことでどんな力がついてくるのか!その明確な答えを知っていますか。私は国語の教員ですのでその答えは私なりに生徒たちに話してきたつもりでしたが,この本を読んで,その答えが明確になりました。答えはここでは明かしませんが,この本では,小さい頃に良質の絵本に触れることで,読書世界がどんどん広がっていくことを紹介します。絵本の好きな生徒にはこれも読んでみよう,あれも・・・と思わせてくれる,魅力的な絵本紹介本にもなっています。今回は難解な本ではありません。なるほどそうだよね!と頷きながら読んでいくことになりそうです。

 脇 明子(わき あきこ)「読む力は生きる力」 岩波書店

 筆者は,出版当時,ノートルダム清心女子大学教授で,幼稚園や小学校の先生を志す学生たちが「本を読めない」と訴えることが多くなり,危機感を感じるようになったことが出版の契機だったようです。将来,同じような職業を志す生徒は必読です。

    <この本の帯に記されている文章を紹介します。>
 「これは,生きる歓びを子どもたちに伝えるための読書論。子どもと子どもの本の世界への,たしかな道しるべ。子どもにかかわって生きる人への激励の書です。」

                                                                                     

                                           令和2年6月19日

                                            校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第7回ー

    挑戦する読書第7回も前回に続いて伝記です。明治初期,荻野吟子(おぎのぎんこ)という日本初の女医となった人物の物語です。

 渡辺 淳一『 花埋み(はなうづみ)』 集英社文庫

 明治維新まもない頃,農家に嫁いだ「ぎん(本名)」は病を得て離縁され,実家に戻ります。その病がもとで女医になろうと決意します。当時,女性は医学の世界に入門さえできませんでした。学問を志すことは難しく,医者は男性の仕事とされていたのです。その状況をいかにして乗り越え,日本初の女医が誕生したのか・・・
 
 古川女子高校看護科の歴史を受け継ぐ本校にあって,看護系の大学・専門学校に進学する生徒は今年も多いと思います。その生徒たちには是非一読をお勧めします。進路先が医療看護系でなくとも,女性に対する偏見との闘いに打ち克ち,明治18年,35歳にして念願の政府公認の医者として,産婦人科を開業した信念のひと,荻野ぎん63年の一生を読んで欲しいと思います。作家,渡辺淳一の名作です。                                                         令和2年6月12日
                           校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第6回ー

    生徒の皆さん!東京銀座で有名な木村屋のあんパンを知っていますか。明治の初めに誕生したあんパンですが,元祖はここ木村屋です。あまりにも有名ですから知っている人も多いと思います。それでは新宿中村屋のカレーパンはどうですか。クリームパンの元祖のお店ともいわれていますが,現在でもインドカレーといえばここ中村屋が有名です。今でも中華まんじゅうや月餅など全国展開の有名なお店ですが,創業者は「相馬黒光(そうま こっこう)」という女性です。今回は仙台出身,作家で実業家の彼女の伝記です。

 宇佐美 承『新宿中村屋 相馬黒光』 集英社
 
 最近は伝記を読まなくなりました。一昔前は幼少期から偉人伝を手に取り,こんな偉い人になりたいと子供心に思ったものです。エジソンやヘレンケラー,ガンジーやマザーテレサ。日本だったら野口英世や福沢諭吉,田中正造・・・もしくは歴史上の武将たちといったところでしょうか。
 相馬黒光は本名は良(りょう)なのですが,あまりの才能と,激しい性格から「きらめく才気を黒で隠しなさい」と当時の校長からつけられたペンネームだそうです。
 私は学生時代,近代文学の講義で,地元出身黒光の「黙移(もくい)」は当然読んでいるものとして質問され,私の周囲が難なく質問に答えているのを横目で見ながら,古本屋に本を探しに行ったことを覚えています。
 黒光は結婚後,夫とともに中村屋を繁栄させるのですが,その傍ら,絵画や文学のサロンを作り,いまとなっては大変有名な彫刻家や画家を援助しました。有名なのはインドの独立運動のボースらをかくまったり,ロシアの詩人エロシェンコを自宅に住まわせて面倒を見たりと,旧仙台藩士の娘でありながら,キリスト教の洗礼を受け,現在の宮城学院,横浜のフェリス女学院,そして東京の明治女学校の島崎藤村らに学んだ相馬黒光。明治初期,志を持った少女「アンビシャスガール」と呼ばれ,活躍した地元宮城の彼女の人生に触れてみて下さい。                                                                            令和2年6月6日
                                                                             校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第5回ー

 先週と今週の2週にわたって登校日が設定され,生徒の皆さんの元気な声を久々に聞くことができました。校長室の前を通りかかった生徒と目があって,挨拶をしてくれる・・・そんな何気ないシーンが嬉しくて・・・私たち教員にとって疲れを癒やす一番の薬は生徒の笑顔なんだと改めて感じました。


 さて「挑戦する読書」第5回です。今回はいわゆる読書案内本の紹介です。しかし,「挑戦する」読書案内です。手応えあります!
 2009年4月から7月まで,作家である辻原登(つじはら のぼる)氏が東京大学で行った「近現代小説」という講義をもとに構成された本です。14回の講義のうちの10回が収録されています。文学に興味がある生徒は是非10代で読んでおいて欲しい本。東大の講義ですからそう簡単に理解できる内容ではないけれど,読み応えがあって,難しいなあと感じつつも読み進めていくと,いつの間にか講義に引き込まれ,これまで読んだことのない世界文学を手に取ってみたくなること間違いなしです。


 辻原 登『東京大学で世界文学を学ぶ』 集英社文庫
 
 日本近代文学を専攻した私は,近現代の世界文学を読む機会が少なかったのですが,少ない読書経験の中からもう一度読んでみようと,読み返した作品がセルバンテスの「ドン・キホーテ」。この本を読んでから読み返してみると面白さが全然違うのです。また「静かに爆発する短編小説」という副題がついた第4講義では,私はこれまで聞いたことのない,読んだことない作家(後から有名な作家であることはわかるのですが・・・)の短編がいくつも収録されていて,実際に短編を学生と先生が読んでいて,そのやりとりのシーンを読むことができます。辻原氏の解説がとても興味深くて,私はこの本を読破する前に読みたくなって,エルンスト・ブロッホや,ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編を探しに本屋に向かったほどです。
 実際の講義に参加していたかったなあと感じました。でも・・・本になっているので難しいところは読み返して理解できますが,直接その場で聞いていたら理解できなかったかもしれませんね。紹介した講義はこの二つです。
  

  ○第4講義:私をどこかへ連れてって-静かに爆発する短編小説-
  ○第5講義:燃えつきる小説-近代の三大長編小説を読む-
         ①セルバンテス「ドン・キホーテ」
 

  どうでしょう。挑戦する価値ありの一冊です。
                                         令和2年5月29日
                                          校長 小川 典昭

 

 

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第4回ー

  6月1日(月)からようやく学校再開です。中高の時差登校,40分授業とはなりますが,一日を通して授業を展開します。生徒のみなさんは先週,今週の登校日を通して連絡のあった内容を十分に理解し,授業再開に備えて下さい。先生方も感染予防に向けて,「学校の新しい生活様式」を確認し,皆さんの登校を待っています。3ヶ月に及ぶ休業中,ロイロノート等での学習に真面目に取り組んだ皆さんの努力に心から敬意を表します。

 さて「挑戦する読書」第4回です。今回は国立西洋美術館開館に至るある一人の日本人の物語。それまで西洋の有名な画家の作品を雑誌や複製画でしか見ることができなかった日本の画家たちや,青少年のために全財産をかけて奔走した「松方幸次郎」の物語です。

 原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋
 
 東京上野公園内,動物園へと向かう右手に国立西洋美術館が建っています。私も何度も足を運んだ美術館ですが,中に入ると「松方コレクション」なる説明書きがあって,読んだ記憶はあるのですが,実はこの実業家である松方幸次郎が,ロンドンとパリで,命をかけて買い集めた作品だったことはあまり気にも留めませんでした。

 この本を読んでみると戦争によってその作品がフランス政府によって接収されてしまい,日本での本格的な美術館建設が頓挫してしまいそうになったこと。取り返そうと必死になった当時の吉田茂首相のエピソードや,クロードモネとの親交,ゴッホやルノアールといった有名な画家の作品との出会いの経緯も描かれ,美術好きの人であればどんどん作品の世界に引き込まれていきます。

 日本人は世界でも有名な美術好きの国といわれます。「ほんものの絵をみたことがない日本の若者たちのために,ほんものの絵が見られる美術館を創る。それがわしの夢なんだ。」と語った松方幸次郎の理想と信念に触れてみて欲しいと思います。日本に松方幸次郎がいなかったら,画家を目指す青年たちはどうなっていたのだろう・・・                         
                          令和2年5月25日
                          校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第3回ー

宮城県においても非常事態宣言が解除され,長かった学校の臨時休業にも光が見えてきました。来週は分散登校ではありますが,ようやく生徒の皆さんと会えることになりました。短時間ではありますが,18日(月)から20日(水)まで,まずは中学校と高校が午前午後に分かれて登校することになります。生徒職員お互いに,感染予防に十分留意し,6月1日の授業再開に向けての準備をしたいと思います。先生方も笑顔いっぱいです。

 さて「挑戦する読書」第3回です。今回は戯曲(ぎきょく)です。平たくいえば,お芝居の台本ですね。仙台一高出身で仙台文学館初代館長さんとしても有名な,劇作家です。                      

 井上ひさし 『雨』 新潮文庫

 私はお芝居が好きです。理由の一つは,こんなことを言うと演劇人から叱られるかもしれませんが,役者さんを生(なま)で見られること。芝居の面白さと,旬の役者さんを同時に味わえるという点で,井上ひさしの劇団「こまつ座」の芝居を多く観劇しています。中でも今回紹介する「雨」は,およそ10年ほど前に東京にでかけ,そのストーリーのすばらしさ,どんでん返しの結末に驚き,今でも印象に残っている作品です。見終わってから,この本を何度か手にとって読み返したほどです。(東京まで出かけたのは,主役の市川亀治郎(今の猿之助)と,永作博美を生で見たかったということなんですが・・・)

 昨年,本校に来校し,大講義室で夏目漱石「こころ」について講演され,引き続いて図書館で芥川龍之介「羅生門」について授業して下さった小森陽一先生を,皆さん覚えているでしょうか。新潮文庫を手に取ってみると,実は,解説を書いていらっしゃるのが小森先生でした。先生の解説の冒頭を紹介すると・・・

 「江戸の金物拾いの徳(とく)が,外見がそっくりだと言われて,羽前国平畠藩の紅花問屋の当主である紅屋喜左衛門に成りすまそうとして,逆に仕掛けられていた罠にはめられてしまうのが『雨』の物語です。」

 金物拾いという貧乏な境遇の徳が,裕福な紅花問屋(舞台は井上ひさしの生まれ故郷山形です)の主人に仕立て上げられ,自分もその気になって江戸の言葉を捨て,金物拾いの習性も必死で直して,本来の自分を次々と消していきます。ところがその努力が,最後になって仇となってしまうのです。実は平畠藩の財政を救うために紅花の凶作として幕府を欺いていたことがばれて,その責めを喜左衛門一人にかぶせてしまおうとのたくらみだったのですが,別人であることを証明しようとすると・・・

 戯曲というとなかなか手にすることが少ないと思います。しかしながら井上ひさしの作品は読み応えがあり,読み進めるうちに作品世界に引き込まれていくのです。この『雨』はおすすめです。     

                                     令和2年5月15日
                                      校長 小川 典昭

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第2回ー

 臨時休業が今月末31日(日)まで延長されました。しかしながら,18日(月)からは中学校,高校ともに学年ごとに登校日を設定し,生徒の皆さんと会えることができるようになりました。学校においても,来週一週間は感染防止に向け,万全の準備をして皆さんの登校を待ちたいと思います。学校からの黎メールをしっかり確かめ,登校に備えて下さい。


 さて「挑戦する読書」第2回です。今回はフランス文学です。

  「モーパッサン『脂肪の塊』岩波文庫」

 舞台は普仏戦争。プロイセン軍に占領されたフランス北部ルーアンという都市に住むフランス人たちが乗合馬車に乗って街から逃れようとしているところ。その馬車には「脂肪の塊(ブールドシェイフ)」と呼ばれた娼婦と,国会議員やワイン問屋を営むお金持ちの夫婦,上流階級の夫婦,伯爵夫妻,そして修道女2人などが乗車していて,馬車の中は当時のフランス社会を象徴する空間でした。

 作品の前半では,乗客は取るものも取りあえず街を出ようとしたことで,空腹に苦しむ乗客が描かれます。ところが食料がたくさん入ったバスケットを取り出したのがブールドシェイフ。空腹に耐えかねていた人々に対し食料を勧めると,それまで車内で冷たい視線を浴びせ続けていた人々の態度は一変・・・。

 物語は馬車が占領されている場所を通る佳境に入ります。

 通行を禁止され一行は足止めを食らいます。なかなか出発を許されず,命の危険を感じ始めた一行は、空腹を満たしてくれた恩義も忘れ、ブールドシェイフに対し,ことば巧みに犠牲の精神を説いて,プロイセン軍の士官に身を売らせようとします。ここから結末までは是非手にとって読んで欲しいと思います。

 実は他人に対する思いやりを持っていたのは娼婦ひとり。社会的に蔑まれている娼婦を主人公に人間の醜さを浮かび上がらせたモーパッサンのデビュー作です。私は大学生の時に初めて読んで,それまで外国文学を読まずにきた自分自身に焦りを感じた作品です。人間の内面に鋭く切り込んだこの作品に挑戦してみてはどうですか!

                       令和2年5月8日
                                校長 小川 典昭
 

校長から生徒の皆さんへ!「挑戦する読書」ー第1回ー

 学校の臨時休業が再延長となりました。再開を心待ちにしていた生徒の皆さんにとっても,私たち教職員にとっても,辛い時期が続くことになります。先生方も気持ちを切り替えて,皆さんの登校を心待ちにしながら,教材研究,課題作成に集中しています。
 休業中にあっても,本校の先生方とつながり,積極的に自学自習に取り組んでいる生徒の皆さんの学習意欲に心から敬意を表するとともに,この時期だからこそ取り組める読書を!との思いから,普段,あまり手にする機会のない本を紹介してみたいと思い,ペンを執りました。第1回は・・・

 保坂和志『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』草思社

 この本は,私が国語の教員として,小論文の受験指導で目にしたのが最初でした。何と言ってもこのタイトルが衝撃的です。 本の帯に綴られている言葉には”結論に逃げ込まずに、「考える」行為にとどまりつづけろ! ”とあり,読者に対し,真に「考える」ことの意味を問い,読者を本質的な思考に導く書であることが,おぼろげながら伝わってきます。
 中学・高校時代は,自分とは何か,人は何のために生きるかといった自分自身との対話の中で苦しみ,正解にたどりついたとは思えずに挫折感ばかりを覚える時代なのかもしれません。しかし,このもがき苦しむ時間が青年期には必要です。一般化され,目の前に投げ出された結論に飛びついてしまっては,自分の前に立ちはだかる壁を前に逃げ出すことばかりを選択する大人になってしまう。この答えのない哲学的な問いに耐えうる粘り強さを身に付けることができるのも青年期なのです。
 「十代のときに感じる世界の手触り」「わかるという檻」「”才能”なんて関係ない」「頭の働きは二十代がピークなのか」「”自分の考え”は”自分の考え”ではないかもしれない」「三十歳になるなんて思ってなかった」・・・・
 この本に私は40代で出会った。生徒の皆さんに今だからこそお勧めする本。時間をかけてじっくり読んでみてほしいと思う本です。
                                             令和2年5月1日
                                             校長 小川 典昭

創立記念日に寄せて

本日4月17日は創立記念日です。大正9年(1920年)に古川高等女学校が開校,その後,古川女子高等学校,そして古川黎明中学校・高等学校と変遷し,今日記念すべき100周年を迎えました。本年10月23日には100周年記念式典が予定されております。
 創立記念日に寄せて,3月に刊行された生徒会誌「白梅第62号」に寄稿した文章を掲載します。私自身が感じる教員という職業の魅力についてしたためました。学校が再開され,黎明中学校・高等学校の生徒たちと一緒に学べる日が一日でも早く訪れることを切に祈っています。                

                 「教え子のラグビージャージ」
                 ~一途に!そしてひたむきに!~                            <白梅第62号の表紙>                                    校長 小川 典昭
            2009年11月,ユアテック仙台スタジアムの最前列,時計を見ながら残り時間をカウントダウンする自分がいた。じりじりと時間が過ぎる。こんなにも時間がたつのを遅く感じるのは,競技時間に制限がないソフトテニス競技を長く経験してきたからだろうか。

 絶対王者仙台育英高校ラグビー部を追い詰め,残り時間あと5分となって3点をリードする仙台三高ラグビー部。この試合に勝てば全国大会花園出場!「はやく試合終了のホイッスルが鳴れ!」と何度時計を見たことか。

 押し込まれ,ノーサイドの笛寸前に逆転のトライを許す。育英の選手たちの目には涙が溢れる。しかしそれはうれし涙というよりは自分たちの代で連続優勝が途切れてしまう恐怖心から逃れた安堵の涙であったように感じられた。「万事休す!」と肩を落とした私たち応援席に聞こえてきたのは「まだだ!いくぞ!」と仲間を鼓舞する聞き覚えのある声。左右の鎖骨骨折を乗り越え,力強く選手を牽引する主将の声だった。諦め,うなだれる選手は一人もいない。力強い主将の声に促され,全員が走り出す姿に心打たれた。

 入学してきたばかりの頃は体の線は細く,繊細な性格もあり,グラウンドに向かう後ろ姿は見るからに弱々しかった。常にどこかしら怪我を負い,担任として何度か転部を進めたような記憶がある。それが浪人生活を経て関東大学ラグビー界の名門,早稲田大学ラグビー部に入部したとの知らせを受け驚いた。

 無名の選手には厳しい世界と知りつつ挑戦するのだから,余程の覚悟が必要である。どこにその強靱な精神が隠されていたのだろう。そんなにもラグビーという競技には魅力があるのかと当時の私は不思議に思ったのを覚えている。

 日本中を沸かせたラグビーワールドカップが閉幕,宴の後の集客を心配する声をよそに,社会人ラグビーや高校ラグビーに観客がわんさと詰めかけている。強豪を次々に破り,決勝トーナメントに進出したことが盛り上がりの要因ではあろうが,「ONE TEAM」をスローガンに,外国出身選手が日の丸を背負い,母国を相手に闘う姿は,日本人の心を揺さぶり,目頭を熱くした。リーチ主将を先頭に肩に手を乗せ,全員が一つになり入退場するシーンは,これからの日本が目指す国際性豊かな社会を体現するかのようなわくわく感をも感じさせた。さらに,活躍した選手が自分ばかりに脚光を浴びるのを嫌い,「自分の役割に過ぎない」とコメントする選手の言葉を聞くにつけ,ラグビーという競技の魅力に改めて気付かされた。敵も味方もない,ましてや日本人や外国人の区別もない。そこにあるのはラグビー競技の歴史が育んだ精神性,選手同士への「敬意」なのだと。

 早稲田大学2年生に在籍時,春先に母校を訪れた際,一緒に食事をする機会があった。肩幅が1・5倍,私を見下ろすような体格で現れた彼は,この2年間で一般受験で入部した多くの部員が退部してしまったことや,レギュラーになることは至難の業であることを淡々と語った。しかし,彼の声は憧れの臙脂と黒のジャージを,いつか公式戦で着るんだという強い決意に溢れていた。

 それから2年後,私の携帯に留守電があり,現役最後の試合でベンチ入りし,あこがれのジャージを着ることになったこと,そして是非応援に来て欲しいという,彼にしてはちょっと興奮気味の声があった。部活の顧問でもない私に対し,卒業してからも丁寧に連絡をくれる彼に,教員であることの喜び,嬉しさを感じ,感謝の気持ちでいっぱいになった。 ワールドカップを放映するテレビカメラはピッチサイドで闘っている選手の一挙手一投足に一喜一憂し,必死に応援するイレギュラーの選手を映し出す。そんな時,ふとあこがれのジャージを着て,ピッチサイドでレギュラーを支えていた教え子の姿が重なる。あのとき彼はどんな気持ちでピッチサイドに立っていたか。夢を諦めず最後の最後にベンチ入りの座を勝ち取り,レギュラーと同じジャージを着て誇らしげだったか。ピッチに立つ選手たちを眺めながら試合に出場できない悔しさを改めて感じていたのか。それともそんな感情はとうに忘れ,選手・ベンチが一体となってともに闘っていたのだろうか。その後就職の報告に現れた彼に,私は尋ねることができなかった。自らが信じた道を一途に突き進み夢を叶えた彼に,聞いてはいけないような気がした。

 令和の時代が始まり,近い将来,人工知能が人間を凌駕する時代が到来する,そんな不安が世の中を覆っている。人間らしさとは何か,人間が人間である根源は何か。これまであまり触れることがなかったこれらの問いに真剣に向き合わなければならない。ピッチサイドで憧れのジャージを着て,競技生活を終えた教え子から教えられる。夢を追いかける純粋なまでの「一途さ」は,人の心を震わせ,原点に立ち返らせる。一人の人間の成長過程を見守ることのできる教師という素晴らしい職業。残り少なくなった教員人生を奮い立たせてくれる。

「創立100周年,そして新たな時代へ~SSH2期目のスタート~」(関東同窓会総会 2019/5/25 寄稿文)

古川黎明中学校・高等学校が誕生し,今年で15年目,そしていよいよ来年は創立100年の記念の年を迎えようとしております。関東支部同窓会の皆様には,日頃より本校の教育活動にご理解いただき,物心両面にわたりご支援を頂戴しておりますことに深く感謝申し上げます。
 私は4月に着任いたしました小川典昭と申します。前勤務地は3月をもって62年の歴史に幕を下ろし,閉校となった県南白石市の「南中学校」です。国語の教員として長く高等学校に勤務し,中学校勤務は校長として初めての経験でした。閉校にあたっては地域の方々をはじめ,多くの皆様のご支援をいただきました。地域の拠点として中学校が果たす役割の重さを肌で感じるとともに,学校という社会において,いかに人の温もりや思いやりが生徒の心を育むものなのかを,改めて実感いたしました。この貴重な経験を県内初の中高一貫教育校である本校の更なる発展に結びつけられるよう,誠心誠意努力することが私に課せられた使命と思っております。
 さて,本校は今年度,文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の2期目の指定をいただきました。1期目終了後2年の準備期間を要しましたが,職員一丸となっての必死の努力が実を結んだ結果です。多くの予算で,大崎地域で活躍するトップリーダーを育てます。今年は世界農業遺産に認定された「大崎耕土」に学びながら,ゆくゆくは本校が大崎地域全体の拠点として活躍する「大崎サイエンスコンソーシアム」構築を目指します。SSHの2期目の指定は「令和」の時代の始まりと相俟って,本校生徒の前途を明るく照らしているかのような朗報となりました。
 昨年3月の卒業生も,本校始まって以来の国公立大学現役合格者50名を突破,勢いに乗っています。また,県内有数の充実した施設・設備を誇る本校にあって,生徒たちは新入部員を迎え,部活動にも精力的に取り組んでおります(写真は4月に大崎市の広報表紙を飾った書道部,そして河北美術展に3名同時入選の快挙を成し遂げた美術部の生徒たちの様子です)。
 古川黎明中学校・高等学校がますます発展し,先輩方の輝かしい伝統に花を添えられるよう,また,100周年記念事業が成功裡に終えられるよう,職員一同精一杯頑張ってまいります。関東支部同窓会の皆様方の一層のご健勝とご活躍をお祈り申し上げるとともに,今一段のお力添えを賜りますようお願い申し上げ,ご挨拶とさせていただきます。

平成29年度古川黎明中学校・高等学校入学式 式辞

 やわらかな日差しとそよふく風に、希望の春を迎える季節となりました。本日この佳き日に、本校PTA会長鈴木優幸様,同窓会会長千葉典子様をはじめ、多くのご来賓の方々、並びに保護者の皆様方のご臨席のもと、平成二十九年度入学式を挙行できますことは、まことに喜びに堪えません。
 ただいま、中学校百五名、高等学校二百三十二名の新入生を迎え入れることができました。教職員、在校生を代表しまして心から歓迎いたします。
新入生のみなさん、入学、本当におめでとう。
また、保護者のみなさまにおかれましても、本日の我が子の晴れ姿を目の当たりにされ、感慨もまた一入(ひとしお)のことと存じます。心からお祝い申し上げます。おめでとうございます。
 さて、本校は、大正九年に創立して以来、今年度で九十七周年を迎える、長い歴史と伝統を誇る学校です。平成十七年に、県内初の併設型中高一貫教育校「古川黎明中学校・高等学校」として再スタートをし、十三年目を迎えました。
 本校では、「想像力の育成」、「自主・自立の精神の育成」、「共生の心の涵養」の三つを教育目標に掲げ、「確かな知性、旺盛な自立心、広い共生の心をもって、自己の使命を見出し、国際社会に貢献する人材」の育成を目指して教育活動に取り組んでおります。
 平成二十四年度から進めてきたスーパー・サイエンス・ハイスクール事業はこの三月をもって第一期目が終了し、今年度は一年間の経過措置となりました。来年度からの再指定を目指して取り組みを続けていく運びです。
 ところで、この校舎は三年前に完成した真新しいものであり、またこの秋までは、旧校地にサッカー、野球、ソフトボール、ソフトテニス、ハンドボール、弓道などのスポーツ施設が整備される予定です。完成の暁(あかつき)には、一層充実した教育環境を有することになります。本校では、この恵まれた教育環境のもと、中高一貫教育校としてさらに魅力あふれる学校づくりを推進して行くべく、全教職員が一枚岩となって持てる力を十二分に発揮し、教育活動に取り組んで行こうと決意を新たにしているところです。
 新入生のみなさんは今日からスタートする古川黎明での生活に期待と希望で胸をいっぱいにふくらませていることと思います。中学校の三年間は大人への入り口、高校の三年間は大人への出口と言われます。みなさんがこれから迎える学校生活は、大人社会への準備期間であり、みなさんの今後の人生の道探し・道づくりの時期になるとても大切な日々でもあります。みなさんの今後の人生を実り豊かなものにするために、これからの古川黎明での生活をぜひ有意義で充実した日々にしていただきたいと思います。
 そこでこれからの古川黎明での生活をスタートさせるにあたり、みなさんに本校の校訓「尚志・至誠・精励」についてお話します。
 一つ目の「尚志」は、「志を高く持ち、目標を掲げよ」ということです。私は、人生で大事なことは夢を持つことであるととらえております。夢は人を強くします。夢は人を励まします。夢は人が迷ったとき、道を照らす星になってくれます。若いみなさんには、ぜひ、夢を大きく持ち、あきらめることなくその実現に向けてこれからの生活を頑張っていっていただくことを大いに期待しています。
 校訓の二つ目の「至誠」は、「普段やらなければいけないことを、真剣に、誠心誠意おこなう」ということです。これは、幕末の思想家吉田松陰が門下生に語り続けたもので、「至誠にして動かざるものは、未だこれあらざるなり(精一杯心を込め、やるべきことを尽くせば、それで動かされない人はいない)」という言葉が有名です。みなさんにたとえると、勉強はもちろん、部活動や生徒会活動、学校行事、清掃、友だちづきあい、家庭でのお手伝いなど、何事にも正面から向き合い、手を抜かずに真剣に取り組むことが大切です。
 三つ目の「精励」は、文字どおり「精を出して励む」ことです。何をやるにしても、最後まであきらめずにコツコツと粘り強くやり続ける事が大切です。「コツコツが勝つコツ」。イチロー選手も「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道である」と、努力を続けることの大切さを話しています。これからの学校生活の中で、勉強や部活動はもちろん、何事にも諦めることなく、粘り強く取り組んでください。努力は必ず報われます。
 以上、本校の校訓についてお話しました。これから始まる学校生活で、いろいろなことに挑戦し、持てる力を存分に発揮し、さまざまな経験を積んでください。そして、自分をたくましく成長させていってください。
 先生方はみなさん一人一人が古川黎明の生徒としての誇りと自信を持って、充実した学校生活を送ってもらえるよう、力を合わせて支援し、全面的に協力していきます。私たちもがんばります。みなさんもがんばってください。
 保護者のみなさま、本日からお子様を卒業まで、本校でお預かりすることになりました。この古川黎明中学校・高等学校の学舎の中でお子様が大きく成長し、卒業の時にはそれぞれ希望した進路が達成できますよう、教職員一同最善を尽くす所存です。
 中学校・高校時代は、子どもたちが責任ある大人として、自立していく重要な過程のまっただ中にあり、成長と変化が著しいときです。保護者のみなさまにおかれましては、お子様の努力の様子を、常に温かく、時には毅然として見守っていただきますようお願いいたします。
 今後、教育を進める中で、ご家庭との連携がますます重要となってまいります。今後とも本校へのご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
 結びに、ご多用の中、ご臨席を賜りましたご来賓、並びに保護者のみなさまに重ねて感謝を申し上げますとともに、新入生のみなさんがこれからの学校生活の中で、互いに励まし合い、支え合いながら切磋琢磨し、たくましく成長してくれることを大いに楽しみにして、式辞といたします。

        平成二十九年四月七日
宮城県古川黎明中学校・高等学校 校長  阿部 修一

平成28年度古川黎明中学校・高等学校入学式 式辞

 やわらかな日差しと心地よい風に、生命が躍動する希望の春を迎える季節となりました。今日のこの雨は,大地に潤いを与え,草木の命をはぐくむ,まさに恵みの雨といったところでしょうか。諏訪公園の桜の花も咲き始めたこの佳き日に、本校PTA会長窪田浩昌様,同窓会会長千葉典子様をはじめ、多くのご来賓の方々、並びに保護者の皆様方のご臨席のもと、平成二十八年度入学式を挙行できますことは、まことに喜びに堪えません。
 ただいま、中学校百五名、高等学校二百四十名の新入生を迎え入れることができました。教職員、在校生を代表しまして心から歓迎いたします。
 新入生のみなさん、この度の入学、本当におめでとう。また、保護者のみなさまにおかれましても、本日の我が子の晴れ姿を目の当たりにされ、感慨もまた一入(ひとしお)のことと存じます。改めまして心からお祝い申し上げます。おめでとうございます。
 さて、本校は、大正九年に、志田郡立高等女学校として創立し、戦後の学制改革により古川女子高等学校となり、ここ大崎の地での女子中等教育の振興に長らく力を尽くしてまいりました。そして、平成十七年には県立高校の男女共学化の流れにより、県内初の併設型中高一貫教育校「古川黎明中学校・高等学校」として再スタートを切りました。創立以来、今年度で九十六周年を迎える、長い歴史と伝統を誇る学校です。
 本校は、「尚志・至誠・精励」の校訓のもと、「想像力の育成」、「自主・自立の精神の育成」、「共生の心の涵養」の三つを教育目標に掲げ、「確かな知性、旺盛な自立心、広い共生の心をもって、自己の使命を見出し、国際社会に貢献する人材」の育成を目指して教育活動に取り組んでおります。
 平成二十四年度からは、未来を担う科学技術系人材を育てることをねらいとする文部科学省指定事業、スーパー・サイエンス・ハイスクールの指定を受け、理数系教育の研究開発を続けているところです。
 一昨年、待望の新校舎が完成しました。新しく充実した環境のもと、中高一貫教育校として魅力あふれる学校づくりを推進して行くべく、全教職員が「チーム黎明」として持てる力を十二分に発揮し、教育活動に取り組んで行
こうと決意を新たにしているところです。
 新入生のみなさんは今日からスタートする古川黎明での生活に期待と希望で胸をいっぱいにふくらませていることと思います。中学校の3年間は大人への入り口、高校の3年間は大人への出口と言われます。みなさんがこれから迎える学校生活は、大人社会への準備期間といえるものです。古川黎明での生活は長い人生のうちでは僅かな年月ですが、この古川黎明での生活がみなさんの今後の人生の道探し・道づくりの時期になるとても大切な日々でもあります。みなさんの今後の人生を実り豊かなものにするために、これからの古川黎明での生活をぜひ有意義で充実した日々にしていただきたいと思います。勉強はもちろん、部活動や生徒会活動にも積極的に参加してください。そしていろいろなことに主体的に意欲的に果敢にチャレンジしてください。
 これからの学校生活を充実したものにするために、みなさんに三つの「気」を大切にしてもらいたいと思います。
 一つ目は「元気」です。何でもそうですが、物事をしっかりと行っていくためには元気が大切です。毎朝、「おはようございます」の元気なあいさつで、一日をスタートさせましょう。笑顔で元気に挨拶のできる生徒になってください。
 二つ目は「やる気」です。元気であれば、やる気が出ます。何事でも、やる気を持って、前向きな姿勢で主体的に取り組んでいくことが大切です。失敗を恐れる事はありません。失敗をするから成功があるのです。待ちの姿勢
では何も変わりません。何でも思い切ってやってみることが大切です。
 三つ目は「根気」です。何をやるにしても、最後まであきらめずに、コツコツと粘り強くやり続ける事が大切です。「コツコツが勝つコツ」。これからの学校生活の中で、勉強や部活動はもちろん、何事にも諦めることなく、粘り強く取り組んでください。
 以上、「三つの気」、「元気・やる気・根気」を大切にして、これから始まる学校生活で、いろいろなことに挑戦し、持てる力を存分に発揮し、さまざまな経験を積んでください。そして、自分をたくましく成長させていってください。
 先生方はみなさん一人一人が古川黎明の生徒としての誇りと自信を持って、充実した学校生活を送ってもらえるよう、力を合わせて支援し、全面的に協力していきます。私たちもがんばります。みなさんもがんばってください。
 保護者のみなさま、本日からお子様を卒業まで、本校でお預かりすることになりました。この古川黎明中学校・高等学校の学舎の中でお子様が大きく成長し、卒業の時にはそれぞれ希望した進路が達成できますよう、教職員一同最善を尽くす所存でございます。
 中学校・高校時代は、子どもたちが責任ある大人として、自立していく重要な過程のまっただ中にあり、成長と変化が著しいときです。保護者のみなさまにおかれましては、お子様の努力の様子を、常に温かく、時には毅然として見守っていただきますようお願いいたします。
 今後、教育を進める中で、ご家庭との連携がますます重要となってまいります。今後とも、本校へのご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
 結びに、ご多用の中、ご臨席を賜りましたご来賓、並びに保護者のみなさまに重ねて感謝を申し上げますとともに、新入生のみなさんがこれからの学校生活の中で、互いに励まし合い、支え合いながら切磋琢磨し、たくましく
成長してくれることを大いに楽しみにして、式辞といたします。

 平成28年4月7日
宮城県古川黎明中学校・高等学校  校長 阿部 修一